天国について

キリスト教

一般に「善き死者の赴く処」とされる天国の概念は、ギリシャ神話のオリンポスや北欧神話のアースガルズとユダヤ・キリスト教の天(=神の居場所)、イエスの説いた神の国などが民衆レベルで混ざり合って成立しており、純粋なキリスト教の教えとは言えない。キリスト教の教理では、最後の審判以前の死者がどこでどのような状態にあるのかについて、各教派間の統一見解を得るに至っていない。ダンテの『神曲』では、地球を中心として同心円上に各遊星の取り巻くプトレマイオスの天動説宇宙を天国界とし、恒星天、原動天のさらに上にある至高天を構想していた。

イスラム教

信教を貫いた者だけが死後に永生を得る所とされる。キリスト教と異なり、イスラム教の聖典『クルアーン(コーラン)』ではイスラムにおける天国の様子が具体的に綴られている。イスラムでは男性は天国で72人の処女とセックスを楽しむことができる。彼女たちは何回セックスを行っても処女膜が再生するため、永遠の処女とされる。また決して悪酔いすることのない酒や果物、肉などを好きなだけ楽しむことができるとされている。そのためこのような天国での物質的快楽の描写がジハードを推し進める原動力となっているという指摘もある。実際に過激派組織が自爆テロの人員を募集する際にこのような天国の描写を用いている場合が少なくないとされ、問題となっている。反イスラーム主義者からはこの事を厳しく批判されており、『イスラム教の天国は単なる売春宿である』という主張もなされてきた。またムハンマド風刺漫画掲載問題でもイスラームを侮辱するためにこの事がネタとして取り上げられている。しかし、コーランの理性的、近代的解釈を推し進める学者を中心として、これらの描写は比喩的なものと解釈する学者もいる。また、処女とは間違いで、実際は白きものであるという説もある。

仏教

仏教の世界観はヒンドゥー教と起源を同じくしており、デーヴァローカに対応するのは天部(神々)や天人が住む天(天道・天界)である。六道最上位、つまり人の住む第2位の人道の1つ上に位置する。しかし仏教では、神々すら輪廻転生に囚われた衆生の一部にすぎない。それら全体に対し、輪廻転生を超越した高位の存在として仏陀が、仏陀の世界として浄土が存在する。この対立構造においては、天国に相当するのは浄土(浄土宗では阿弥陀仏の浄土である極楽)である。

地獄について

キリスト教

神の言葉に背いた者や、罪を悔い改めない者が永遠の責め苦を受けるとされる世界。最後の審判において人間は、地獄へ向かう不信者と、天国に行く信者に別けられるという。キリスト教の教派のうちカトリック教会では、他に煉獄や辺獄があるとされる。

イスラム教

世界の終末に際しての審判において、不信心者や悪事を成した者が灼熱の責め苦を受けるとされる世界。

仏教

六道の最下層。閻魔の審判に基づいて様々な責め苦を受けるとされる世界。対比されるべきは、本来なら六道の最上層・天界のはずだが、実際には、成仏した者が行く六道のいずれでもない浄土(浄土は数多くあり、極楽はその一つ)と対比させられることが多い。

関連項目

リンク集

おすすめ!